2012年3月28日

逢坂隧道


高知県の逢坂隧道です。
ご覧の通り、道も隧道も廃止され荒れた状態になっています。


かなり破壊が進んでいます。そう遠くない未来、崩れてしまう事でしょう。


扁額・・・読めません。逢坂隧道と右書きで書いてるのでしょう、きっと。


ここへのアクセスは北側からの方が楽なのですが、今回は南側から行ってみました。


上の写真の場所から、お墓のある広場に出ます。道は写真中央に続いています。


道界が立っています。新しいので現国道との境界でしょう。


暫く進むとコンクリの法面が現れ、隧道に至ります。

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2012年3月19日

樫迫隧道


高知県の樫迫隧道です。
色々と物が置かれていますが、一応現役のトンネルです。重厚な石積みの坑門で内部は煉瓦巻になっています。


扁額。薄くて読み辛いものの、樫迫隧道と読み取ることができます。


内部の様子。煉瓦の白化が進んでおり、いずれ補強が入ることでしょう。


こちらは二代目と三代目のトンネル。名前は「名古屋トンネル」になっています。
「樫迫」の名を継がなかったのは何故なんでしょう?


二代目?はご覧の通り廃止されています。
扁額の「なごや隧道」が昭和20~30年代のトンネルらしいですね。


ここへのアクセスは入口を見つけることから始まります。
写真の通り、工場の敷地を通過するような道を抜けて行きます。私の前に地元車が通過して行ったから多分大丈夫・・・。この先は車での離合が不可能な細いダートになりますので、運転は慎重に。

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2012年3月12日

熊井隧道


高知県の熊井隧道です。
明治38年に竣工し昭和14年まで県道でしたが、現在は町道となって余生を送っています。
現地の看板曰く、トンネルを見た当時の人は「トンネルというものは入口は大きいが出口は小さいものぢゃのう」とか言ったそうで、現地で入口の前に立つと「ああ、なるほど」と当時の人の気持ちを理解することができます。


扁額・・・工天代人?人が天に代わってつくるって事でしょうか?古文は苦手です。


内部の様子。白化が無くとても良い状態だと思います。100年以上経過しているとはとても思えません。


反対側に出ました。こちらもオリジナルのままでしょう、とても良い状態です。


無念の手ぶれ。「道隧井熊」と書いてあるはず。

今も利用されている為か、とても綺麗な状態で気に入ってしまいました。
古いトンネルにありがちな陰湿な雰囲気が無いのも良いですね。近くを通った時は是非訪問していただきたい物件です。

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2012年3月9日

橘隧道


徳島県の橘隧道です。
煉瓦と石の重厚な造りですが、扁額等の装飾は少なめで比較的シンプルな佇まい。


閉塞はしていませんが奥の方が水没している為、通り抜けは難しいでしょう。


現橘トンネルを抜けて反対側へ。トンネル脇の小道から向かいます。


どうも土砂捨て場となっているようで、東側の坑門は埋もれつつあります。
水没の原因はこのせいですね。

個人の住宅の敷地に続くような道の先にある為、多少躊躇してしまいますが一応公道のはずなので堂々と行きましょう。住人と出会っても「こんにちは-」と明るく挨拶しておけば怪しまれるのは回避できるでしょう。もっともこの手法は話好きの人に当たると長話に発展する可能性がありますが・・・。

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