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賤ヶ岳の合戦で有名な賤ヶ岳を抜けるトンネルです。 坑門は煉瓦と石で装飾されて豪華。広さも二車線分あって、さすが一桁国道という所でしょうか。 |
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扁額も大きくて立派なものが付いています。 大正13年竣工、鴻嶺という人の書という事が分かります。 ググると鴻嶺は当時滋賀県の知事だった末松偕一郎の雅号でした。 場所はこちら 訪問日 2010.8.13 |
何が何だか分からない写真でスミマセン… 前回紹介した千野々橋の先にある廃橋です。 |
現道から見下ろす事ができます。 道路の改良か自然災害か分かりませんが、片方の道は崩壊しています。 |
では橋に接近してみましょう。 現道の三碧橋の脇にある洞窟みたいな旧道から橋に行けます。 |
到着…。草の中にポツンと親柱が見えます。 上に乗っかっているのは何でしょう? |
親柱その1 「河口橋」という名前が判明しました。 |
親柱その2 読めません…。 ググった所、大正十四年九月架設」と書いてあるそうです。 すると千野々橋と同い年という事ですね。 |
親柱その3 「かわくちはし」と読めます。 アクセスは容易な場所ですが、崩壊の進んでいる場所なので足下注意です。 場所はこちら 訪問日 2010.5.2 |